アニメ『バビロン』を見終わったあと、「バビロン アニメ ひどい」と検索してしまった方も少なくないはずです。哲学的なテーマや倫理の境界に踏み込んだ作品である一方で、視聴後に多くの疑問やモヤモヤが残るのも事実です。たとえば「正崎は最後どうなった?」「アニメ『バビロン』の黒幕は誰ですか?」「バビロンのラスボスは誰ですか?」といった問いが頭に浮かんだ方もいるでしょう。
この作品の最終回がひどいと感じられる理由や、瀬黒は生きてるのかどうか、小説『バビロン』の結末や原作が完結しているかどうかなども気になるポイントです。また、「バビロン」とはどういう意味なのか、「すべてがfになる」との関係性、アニメが打ち切りだったのか、2期の可能性はあるのか、登場人物の多くが死亡キャラとなった背景など、知りたいことは尽きません。
この記事では、そんな疑問をひとつずつ丁寧に解説していきます。
このブログを読めば分かる情報です
- 最終回が「ひどい」と言われる理由
- 主人公や黒幕など登場人物の結末
- 原作やアニメの構成と完結状況
- 多くの視聴者が感じた疑問点の整理
バビロン アニメ ひどいと言われる理由とは
- バビロンの最終回はなぜひどいと感じるのか
- 主人公・正崎は最後どうなった?
- 「バビロン」の黒幕は誰なのか解説
- 瀬黒は生きているのか徹底検証
- バビロンのラスボスは誰ですか?の答え
バビロンの最終回はなぜひどいと感じるのか
バビロンの最終回が「ひどい」と言われる最大の理由は、視聴者が納得しにくい結末にあります。作品全体で張り巡らされたミステリー要素や倫理的な問いかけが、最後に明確な解決を迎えず、曖昧なまま終わってしまったことが原因です。
アニメ版の最終話では、主人公の正崎がアメリカ大統領の自殺を止めるため、あえて大統領を射殺するという衝撃的なシーンが描かれます。その直後、すべての元凶である曲世愛が再び登場し、正崎と向き合うところで物語は終わります。このラストに、物語の決着や曲世への裁きが一切描かれていない点に不満が集中しました。
また、登場人物が次々に理不尽な形で死亡していく展開も、視聴者にとっては非常に重く、精神的に消耗する要素となっていました。特に好感を持たれていたキャラクターの退場があまりに突然で、ショックを受けた人も多いでしょう。
言ってしまえば、「視聴者が最も知りたいこと」が最後まで明かされず、シリーズを通して積み重ねてきたテーマが、回収されずに終わったように見えたのです。このような構成が、最終回に対して「ひどい」という評価を生んでいます。
主人公・正崎は最後どうなった?
アニメ版『バビロン』において、主人公の正崎善(せいざき ぜん)は最終的に生死不明のまま物語を終えます。これは意図的な演出であり、視聴者に「正義とは何か」「悪とは何か」を問いかけたまま幕を閉じる構成です。
最終話で正崎は、アメリカ大統領が曲世愛に操られて自殺しようとするのを阻止するため、やむを得ず大統領に向けて銃を発砲し、彼を射殺します。その後、現場に現れた曲世愛に向かって銃を構える姿で終わりますが、その後の描写はありません。
原作小説では、正崎は曲世愛と視線を交わしただけで倒れてしまい、彼女の言葉を耳栓をしていても聞いてしまうという描写がありますが、アニメでは描写が控えめです。そのため、「結局どうなったのか」が明確にされず、多くの視聴者がモヤモヤを抱えたまま終わることとなりました。
この曖昧さは、正崎が勝ったのか負けたのか、希望があったのか絶望だったのか、視聴者の解釈に委ねるという意図があります。ただ、全体の流れからして正崎の結末にある程度の説明や演出を求めていた視聴者からは、不満の声があがっています。
「バビロン」の黒幕は誰なのか解説
『バビロン』における黒幕の正体は、謎の女・曲世愛(まがせ あい)です。彼女は全体のストーリーを通して、数々の不審死や自殺事件の背後で暗躍し、物語を混乱と絶望に導いた人物です。
曲世愛は一見するとただの美しい女性ですが、実際には「人を魅了する能力」や「自殺に導く力」を持っており、単なる操作や心理誘導では説明できない、異常な影響力を他者に与えます。この能力によって、政治家や警察、さらには一般市民までもが次々と命を落とす事態を招いていきます。
具体的には、彼女の影響で新域のトップである齋開化が「自殺法」を推進し、64人が集団で飛び降りる事件を引き起こしたり、検察官や警察官が次々と自殺したりしています。さらには、アメリカ合衆国の大統領すらも彼女の言葉だけで自殺を試みるほどです。
このように、表に出てくる政治家や事件はすべて、曲世愛という存在によって動かされていたことが後半で明かされます。彼女の正体は人間でありながら、まるで悪の象徴や哲学的な「絶対悪」として描かれている点も、物語に重みを加えています。
このような背景から、「黒幕は誰か?」という問いに対しては、曲世愛が明確な答えとなります。彼女がいたからこそ、『バビロン』の全ての悲劇が起こったといっても過言ではありません。
瀬黒は生きているのか徹底検証
瀬黒陽麻(せくろ ひあさ)は、アニメ『バビロン』後半に登場する検察事務官で、主人公・正崎善の新たなパートナーとして活躍します。しかし、物語が進むにつれて彼女の運命は極めて悲惨なものとなり、多くの視聴者が「瀬黒は生きているのか?」と疑問を抱く展開になります。
作中では、瀬黒は曲世愛に拉致され、PCカメラ越しに正崎へその状況が見せつけられます。その映像には、瀬黒が四肢を斧で切断されるという、非常にショッキングな描写が含まれていました。彼女の断末魔は視聴者にも大きな衝撃を与え、物語の中でもとりわけ残酷な場面として印象に残っています。
ただし、アニメではその後に彼女の遺体が発見された描写が明確にはされておらず、正確な「死亡確認」がないまま話が進んでいます。このため、一部のファンの間では「もしかしたら生きているのではないか」という意見も出ています。
しかしながら、映像の内容や他のキャラクターの反応を総合すると、瀬黒が助かった可能性は限りなく低いと考えるのが自然です。あくまで公式には「生死不明」ではあるものの、事実上の死亡と見るべきでしょう。
このように、瀬黒が生きている可能性は理論上ゼロではありませんが、物語の描写から判断すると、ほぼ死亡していると考えられます。
バビロンのラスボスは誰ですか?の答え
アニメ『バビロン』におけるラスボスの正体は、間違いなく曲世愛です。彼女は表面的には美しくミステリアスな女性として登場しますが、物語が進むにつれて、その存在がいかに恐ろしく、支配的であるかが明らかになります。
曲世愛は、物理的な暴力や脅迫ではなく、言葉と存在そのものによって人を自殺に追い込む能力を持っています。この能力は単なる心理的な影響にとどまらず、まるで魔法のように相手の思考を支配するレベルであり、作中で何度も「説明不可能な異常性」として扱われています。
また、彼女は日本国内だけでなく、アメリカの政治にも影響を与え、最終的にはアメリカ合衆国大統領すらも彼女の影響下に陥ります。最終話では、正崎が彼女に銃を向けて終わるという形で、彼女の完全な退場も描かれていません。
このような演出は、彼女が「物語の終わりにすら姿を消さない絶対的存在」であることを象徴しており、まさに“ラスボス”と呼ぶにふさわしい存在です。
つまり、「バビロンのラスボスは誰ですか?」という問いに対する答えは明確です。曲世愛こそが、最終的な敵であり、作品全体の構造を動かした中心的な存在です。彼女の正体が明かされてもなお、どこか実態がつかめない怖さが残ることも、この作品のテーマに深く関わっています。
バビロン アニメ ひどいと感じた人への解説まとめ
- 小説「バビロン」の結末はどうなったのか
- 原作は完結しているのかを確認
- アニメは本当に打ち切りだったのか?
- アニメ2期の可能性はあるのか考察
- 死亡キャラが多すぎて混乱する理由とは
- 「すべてがfになる」との関連性はあるのか?
小説「バビロン」の結末はどうなったのか
小説『バビロン』の結末は、アニメ版と同様に非常に衝撃的で、読者に大きな余韻と疑問を残す内容になっています。物語の最後では、主人公・正崎善がアメリカ大統領の自殺を阻止するために大統領を射殺し、その後、黒幕である曲世愛と対峙する場面で終わります。
小説では、正崎が曲世愛の声を遮るために耳栓をしていたにもかかわらず、彼女の声が頭の中に響くという不思議な描写があります。そして、正崎は彼女と目を合わせただけで倒れ込んでしまい、明確な結末が描かれないまま物語は幕を下ろします。つまり、曲世愛が生き延び、正崎の運命も確定しないまま終わる構成です。
この終わり方は、悪とは何か、善とは何かという哲学的テーマを未解決のまま投げかけ、読者自身に問いを残すよう意図されています。すっきりとしたカタルシスのある終わりではなく、あえて曖昧なラストにすることで、テーマ性を際立たせているのが特徴です。
原作は完結しているのかを確認
小説『バビロン』は、全3巻で構成されており、すでに完結しています。著者は野﨑まどで、講談社タイガから刊行されています。具体的には以下の通りです。
巻数 | サブタイトル | 発売年 |
---|---|---|
第1巻 | ―一滴の毒 | 2015年 |
第2巻 | ―死に至る病 | 2016年 |
第3巻 | ―終わらせる者 | 2017年 |
この3巻で物語は一区切りを迎えており、続編やスピンオフの公式な発表はありません。最終巻で、アニメと同じように正崎と曲世愛の対決が描かれた後、読者に解釈を委ねる形で終了します。
つまり、物語としては一応の終幕を迎えており、「原作が未完である」といった心配はありません。アニメで物足りなさを感じた人は、小説を読むことで細かな心理描写や哲学的なテーマをより深く味わうことができるでしょう。
アニメは本当に打ち切りだったのか?
『バビロン』のアニメは、一部で「打ち切りだったのでは?」という声も見られますが、実際には全12話が予定通り放送されています。ただし、制作スケジュールや内容面での混乱があったため、「途中で放送中断された」という誤解が生じた背景もあります。
特に第7話の放送後、作品の内容が極めて過激だったために、視聴者や配信プラットフォーム側からの反応が強く、次回以降の配信が一時的に延期されました。これは倫理的なチェックや編集の見直しが影響していたと見られます。
そのため、視聴者の中には「途中で終わった」「続きがなくなった」と感じた人も多かったようです。しかし、実際にはアマゾンプライム・ビデオを中心に、予定された全話が最後まで配信・放送されています。
放送遅延や一部地域での見づらさは確かに問題でしたが、作品としては「打ち切り」とは異なる扱いです。あくまで物語自体は完結しており、制作側も意図を持って構成した上での放送であったと考えられます。
アニメ2期の可能性はあるのか考察
アニメ『バビロン』の第2期が制作される可能性は、現時点では非常に低いと考えられます。主な理由としては、原作小説が全3巻で完結しており、すでに第1期ですべての内容が映像化されているため、続編として描ける原作のストックが存在しない点が挙げられます。
さらに、放送当時の視聴者からの評価は賛否が大きく分かれ、特に後半の展開や最終回への不満が目立ちました。作品としての話題性はありましたが、万人受けする作品ではなかったことから、商業的な観点でも続編の制作は難しいと判断されやすい状況です。
一方で、原作者の野﨑まど氏は独創的な作風で知られており、今後もし新たな「バビロン」関連作品が発表されることがあれば、それを原作として再アニメ化される可能性はゼロではありません。しかし、それには原作側での新展開が必要となります。
このように考えると、アニメ第2期は構成的にもマーケティング的にも厳しい状況にあると言えるでしょう。現状のままでは、続編が制作される見込みはほとんどありません。
死亡キャラが多すぎて混乱する理由とは
『バビロン』は主要キャラクターの多くが物語の途中で命を落とす作品であり、それが視聴者にとって混乱の原因になっています。特に中盤以降は、信頼関係を築いてきたキャラクターたちが突然退場し、しかもその死に至る過程が非常に残酷かつ唐突です。
例えば、主人公・正崎のパートナーである半田や瀬黒陽麻など、物語の中心を担っていた人物ですら、わずかな描写の後に退場します。また、彼らの死に特別な伏線や丁寧な演出があるわけではなく、黒幕・曲世愛の力によって一瞬で命を奪われてしまうという展開が続きます。
このようなストーリー構成は、視聴者の感情移入を妨げる要因となり、「このキャラもどうせすぐ死ぬのでは」といった不信感を抱かせてしまいます。さらに、死者の数が多いため、それぞれの背景や人間関係が印象に残りづらく、物語を追ううえでの把握が難しくなるのです。
そのため、視聴者は物語の本筋に集中できず、全体の流れやメッセージが不明瞭に感じられてしまいます。キャラの死亡が作品のテーマに直結する一方で、それが作品理解を阻害する要因にもなっているという構造が見られます。
「すべてがFになる」との関連性はあるのか?
『バビロン』と『すべてがFになる』は、一部の視聴者から「雰囲気が似ている」と比較されることがありますが、作品としての直接的な関連性はありません。両者ともに哲学的なテーマや知的要素を含むサスペンスであり、登場人物の会話に高度な論理性や抽象性が見られることが共通点として挙げられます。
『すべてがFになる』は、森博嗣による理系ミステリー小説を原作とした作品で、工学的・論理的な謎解きが主軸です。一方、『バビロン』は政治、倫理、哲学を背景にした心理スリラーであり、「善悪の境界」や「自殺の正当性」といった重い社会テーマを扱っています。
また、両作品ともに視聴者に思考を促す作りではありますが、物語の進行や演出スタイルには明確な違いがあります。『すべてがFになる』は比較的冷静な論理展開を重視するのに対し、『バビロン』は感情的な衝撃や不条理を積極的に描いています。
このため、世界観や構成手法において多少の共通項はあるものの、「同じシリーズ」や「関連作品」という扱いではありません。両作品を楽しんだ方であれば、対比して考察することは面白いかもしれませんが、それぞれ独立した作品として捉える必要があります。
バビロン アニメ ひどいと感じる理由を総まとめ
- 結末が曖昧で視聴者に解釈を委ねている
- 最終話で黒幕の処遇が明かされない
- 主人公・正崎の生死が不明のまま終わる
- 哲学的テーマが多く視聴者を突き放す構成
- 曲世愛の能力に説明がなく超常的に映る
- キャラの死が唐突で感情移入しにくい
- 主要キャラの退場が多くて整理しづらい
- 小説も含めて結末がスッキリしない構造
- 倫理的・宗教的テーマが重くて取っ付きにくい
- 原作は完結済みで続編の余地がない
- アニメ全話放送済みだが遅延や誤解があった
- 続編の原作が存在しないため2期は困難
- 曲世愛というキャラに明確なバックボーンがない
- 過激な演出が多く視聴者によっては不快に感じる
- 他作品との関連性がなく比較しても意味が薄い